カテゴリー「国際結婚☆국제결혼」の18件の記事

2008/07/05

韓国で入籍

先日、韓国へ行った際、入籍を済ませてきました。

ビザ取得のことを考え、ずっと前からこの機会に入籍することにしてたのですが、無事に済んだのでご報告。

第1ステップ:日本大使館にて結婚具備用件証明書を取得。

日本大使館の領事部(光化門駅近く)で発行してもらえます。

☆必要書類☆

男性:婚姻関係証明書1枚、住民登録証

女性:戸籍謄本1枚、パスポート

両方:婚姻具備用件証明書発行申請書(大使館でもらいます)

この日は人も少なかったので、15分ほどで発行してもらえました。

第2ステップ:区庁にて婚姻届を提出。

日本大使館のすぐそばに鐘路区庁があったので、そこですることに。

申請者が多いのか、国際結婚専用の窓口がありました。w

☆必要書類☆

男性:家族関係証明書(戸籍謄本と同じですが呼び方が変わったらしい)、住民登録証

女性:戸籍謄本、パスポート

両方:婚姻具備用件証明書(原本1枚、韓国語翻訳版1枚)、婚姻届1枚(韓国在住の韓国人2名の署名と捺印が必要)

家族関係証明書や戸籍謄本は、婚姻届に書いてある内容と照らし合わせて、確認ができたら返されました。

婚姻具備用件証明書は役所によっては、翻訳版はいらない場合もあるようですが、この区庁では翻訳版の見本をくれて、その場で書きました。

婚姻届も2枚必要って聞いてたのに、おっぱが1枚分しか保証人のサインをもらってなくて、どうしようかと思ってましたが、1枚でよかったので一安心。

印鑑は、大使館でも区庁でも使うことなく、署名欄などはペンでサインするだけでした。

5日ほどで新しい家族関係証明書を発行してもらえるそうです。

以上、これで韓国での入籍手続き終了!

婚姻届を出すってスゴイことだと思ってたのに、意外にあっさり終わったし、まだ遠距離だし、日本の戸籍上はまだ独身だし(笑)、全く実感がわきません。

おっぱから書類が届き次第、日本の役所に行く予定です。

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2008/06/05

チケット予約完了!

やっと6月中旬に渡韓する際のチケットairplaneを予約しました。

パッケージにするか悩んでたのですが、激安チケットを発見したので、とりあえず飛行機だけ予約してしまいました。

滞在先は当初はホテルにするつもりでしたが、私が行く頃にはもう新居の契約が済んで住める状態らしいので、新居に滞在することに。

布団やタオルなど必要な物は運んどいてくれるみたいですが、韓国のフツーの家に泊まったことのない母のことを考えると不安。

お湯ちゃんと出るのか?とか、夜寒くないのか?とか。

しかも母は海外に行くとすぐお腹こわすし、辛いものは全く食べられないので、心配なことが山積み。

父は上海から直接ソウルへ行くことになってるのですが、初韓国なのでこれまた不安。

そしてお互いの両親の顔合わせの際、私がすべてを通訳しないといけないので、ゴハン食べる間がないんじゃないか心配。(食べるの大好きなんで・・・coldsweats01

他にもやるべきことが多いので、スケジュールを立てる予定。

今までは渡韓してから、行きたいとこややりたいことを考えてたのに、今回はのんびりできなさそうです。

早くこの旅行が終わってほしいというのが本音だったり。w

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2008/05/31

オモニムに電話

昨晩、勇気を出しておっぱの家にtelephoneをしました。

2月に韓国でお会いしてから、一度も安否電話をしなかったことが気になってはいたんですが、直接話してても聞き取れない方言を、電話でちゃんと聞き取れるのか不安で、今まで避けてました。

数週間前のオボイナル(両親の日)に、一度かけてみたけど不在で、かけるタイミングも失ってしまい・・・。って言い訳だけどcoldsweats01

でも避けてると余計に印象悪くなりそうだし、来月韓国へ行くから予定も聞いてみよう!と思い、勇気を出すことに。

まずは電話する前に原稿の作成。笑

緊張して頭が真っ白になると思ったので、ある程度言うことをメモっておきました。

そしていざ出陣!

3コールくらいで「ヨボセヨ?」という声が。

“わ、わ、オモニム!”と当たり前なことに動揺する自分。

動揺しながら「わ、わたしです。」と言うと「おぉぉぉぉ!!ひさしぶりやね!!元気にしてたんか!?」ととっても喜んでいらっしゃる様子。

「もっと頻繁にお電話差し上げないといけなかったんですが・・・」と謝ったら、「電話代も高いんだし、無理しなくていいよ。元気でいればそれでいいんだから。」というお言葉が。

実際にお会いした時はクールだったので少し怖かったけど、この電話で印象がガラッと変わりました。

しかも前より方言が聞き取れるようになってる!!

それで調子に乗って、どうでもいい質問したら、答えが聞き取れず「あ~そうなんですか~」と適当に答えました。

途中から心臓がバクバクし出して、声が震え始めてしまい、原稿を見てるにも関わらずカミまくりで、恥ずかし~bearing

でも今まで胸につかえてたのがスッキリしたし、オモニムから優しいお言葉もいただけたし、とても幸せな気分で眠りにつけましたmoon3

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2008/05/30

領事館へ問い合わせ

今までずっと聞こう聞こうと思いつつ、めんどくさくて先延ばしにしてましたが、今朝やっと大阪領事館へtelephone

そう、渡韓する際のビザについて。

前に留学した時に対応してくれた職員があまり丁寧ではなかったので、ドキドキしながらかけたけど、今回はとっても良い方で細かい質問にも丁寧に答えてくれました。

F-2-1ビザ(同居ビザ)の必要書類は以下の通り。

・旅券

・ビザ発給申請書(領事館にある)

・写真(3.5×4.5)

・日本の戸籍謄本(婚姻事実が記載されてるもの)

・韓国の婚姻関係証明書

・身元保証書(結婚相手に書いてもらえばOK。公証は不要。サンプルは領事館HPにあり。3枚必要と書いてあるサイトが多いけど、1枚でOKとのこと。)

・在職証明書/納税証明書/家の登記簿/銀行の残高証明(300万円以上)など、ビザ申請者を養っていける財力があることを証明する書類

最後の財力を証明するものは、どれか1つでも良いのか聞いたのですが、1つでもビザがおりたケースもあるし、あとから追加書類を求められたケースもあるので、あるだけ準備するほうが良いらしい。

あと、住民票は必要ないそうです。

この中で用意できない書類があると、C-3ビザ(訪問ビザ)で渡韓し、韓国の入管で資格変更をする必要があるとのこと。

F-2-1ビザも日本で発給されるものは90日間までなので、入管で期間延長してもらう必要あり。

どっちみち外国人登録をしに入管には行かなければいけないので、それは特に問題ないと思います。

4~5日くらいで発給されるらしい。(意外に早くてビックリ)

ちなみにノービザで入国すると、ビザの延長や資格変更ができず、日本に一度帰国しなければいけないのでご注意を。

実は私、C-3ビザを取って渡韓し、そのあとで入籍し、韓国でビザの資格変更しようと思ってました。

が、この職員さんの話によると“普通はノービザで行けるのに、C-3ビザをわざわざ取るということは、何か事情があるということを証明しなければいけない。”のだそうです。

というわけで、どっちのビザを取るにしても韓国と日本での入籍を早めにする必要があることが判明。

よかった~、ちゃんと聞いておいて。

念のため、「何か適当なビザで韓国に行って、入籍してから、現地で資格変更をする方法はあるんですか?」と聞いたところ、

「あるにはありますが、資格変更をするのは現地の入管なので、そこがダメだと判断した場合、日本に帰国してまたビザを取らなければいけなくなるので、事前に入籍してビザを取って渡韓されるのが1番安全だと思います。」と言われました。

う~ん、なるほど。今日はとても勉強になりました。

必要書類については、流動的だと思いますので、また実際にビザ申請する際に、きちんと書きたいと思います。

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2008/05/21

家が見つかったらしい

昨日の電話で突然「家が見つかった」と聞かされた。

いつも「家が見つからへん」と言ってたのですが、アボニムも一生懸命探してくださってたらしい。

そしてアボニムは昨日、何件か見た中でひとつ良さそうなとこがあって、すぐ契約したとのこと。

おっぱもまだ見てない。

私が「どこ?」と聞くと「自宅の近所」と言うので、大ショック。down

私は以前「家の条件は何もこだわらないから、自宅から徒歩圏内のとこだけはいやだ」と伝えてありました。

おっぱのご両親がイヤだとかいうわけじゃなく、干渉されることなく自由に暮らしたほうが、気分的に楽だと思ったから。

本当は自分の両親の近くで暮らしたいけど、それは叶わぬ夢だとあきらめたのに、相手の両親の近くで暮らすなんて、耐えられるのだろうか。

もちろんアボニムは私の考えなど知らずに契約されたから仕方ないけど、私は唯一の希望が却下されて不安になった。

アホかもしれんけど、私が場所を聞く前におっぱから「家が見つかったけど、自宅の近所なんだ。大丈夫?」と先に言ってほしかった。

おっぱもアボニムも一生懸命探してくれて本当に感謝しているし、何も手伝えなくて申し訳ないとも思っていた。

本当は喜ぶべきだと分かっている。

でもできない。

さらにおっぱから「ここしか見つからなかったんだからしょうがないやろ」と言われて、ムカッannoy

開き直りかい。

朝、目が覚めてもモヤモヤ感が消えない。

ぐっすり寝たはずなのに。(どんなことがあっても、なぜか睡眠不足にだけはならない。w)

高いお金を出すのはおっぱなんだから、私がワガママ言ってはいけないと思うけど、どうも自分の気持ちが伝わってない気がして、とても悲しい。

よく結婚準備をするうちに意見が食い違って別れてしまう話を聞くけど、なんとなくその気持ちが分かる。

乗り越えなければいけないことだけど・・・。

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2008/05/07

プチマリッジブルー

ここ数日、日に日に結婚への恐怖心が大きくなっていた。

進学・留学・就職、今まで自分の道は自分で決めてきたし、両親はそれに反対することもなく、見守ってきてくれた。

でも結婚すれば、自分の意志だけでは決められないことも多くなるし、反対されることもあるかもしれない。

韓国の文化にもできるだけ合わせなければいけない。

家族、友人とも頻繁に会えなくなる。

相手の家族や親戚との付き合い、家事をする毎日・・・

そんなことが頭の中をグルグル回りだすと、ものすごく怖くなる。

でも次の瞬間には、おっぱと一緒に暮らすのが楽しみに思えたり、料理の練習をしたり、急に前向きになる。

これがもしかして噂のマリッジブルーか?

でも深刻ではなさそうなので、一応“プチ”をつけてみます。w

今日も午後まではプチマリッジブルーで、あさってにはおっぱが遊びに来るというのに、掃除もやる気が起きず。

そんな気分の中、『余命1ヶ月の花嫁』という番組を見た。

実はこういうドキュメンタリー番組は苦手で、いつもはチャンネルを変えるのに、なぜか最初に出てきた、花嫁さんの笑顔に惹きつけられて見てしまった。

もうすぐ亡くなってしまうとは思えないほど、幸せそうな花嫁さん。

お父さん、恋人、友人が毎日お見舞いに来て、愛されてる人だなぁと思ったし、毎日を精一杯生きているのが分かった。

なんで私は先のことを考えて悩んでいたんだろう・・・。

この花嫁さんのおかげで、私も幸せになれそうな気がする。

“明日が来ることは奇跡”

一生、この言葉を忘れずに生きていこうと思う。

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2008/04/26

家具や家電製品

ちょっとずつ具体的な話をしてるんですが、頭痛い・・・。

韓国では結婚の際、男性が家を用意、女性が家具や家電製品をそろえるというのが一般的なようです。

いろいろ調べた結果、意外に必要な物が多いことが判明し、予算内で収まるか不安になってきました。

オモニムは「最初は2人だけだから、中古で安いのを買って、いつか家族が増えて大きい家に引っ越す時、ちゃんと良い物を買うのはどうか」とおっしゃっています。

基本的にはその考えに私も両親も賛成。

でも新品でほしいのもあるので、一部の家具を中古で買う予定。

そんな話をしてる中、おっぱが爆弾発言bomb

テレビっていらなくない?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・sign02

一瞬、聞き間違えたかと思った。

な、な、なんですとぉ~~~~~!!

この私からテレビを取り上げるなんて、何を考えとんのじゃい!!

ただでさえ知り合いの少ない国へ行くっつーのに、テレビないとかありえへんやろ!!

とまでは言いませんでしたが、

私にはテレビが必要なんですぅcrying

と訴えました。

録画できるDVDまで買おうと思ってるのはナイショ。フフフ。

その後、テレビはオモニムが買ってくれることになったんですけど(昔、おっぱが携帯電話を買ってあげたお礼らしいw)、するとおっぱがまた変なことを。

じゃあ、しゅしゅが準備するのは洗濯機と冷蔵庫とベッドだけでいいんじゃないかな。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・sign02

え?え?え?3つだけですか?

いやいや、炊飯器とか電子レンジとかタンスとか、もっといっぱいあるでしょーが。

すると「しゅしゅができるだけお金を使わないようにしてあげようと思ったんだけど。」な~んて嬉しいことを言ってくれるではありませんか。

いつも「お金いっぱい持ってこいよ~smileって冗談っぽく本音を言うくせに。

しかし!

最初に少しだけ買って、残りをお金で渡すのは、なんか不安。

一緒に暮らし始めてから「○○ほしいんだけど」と言っても、「ほんまに必要かぁ?」とか言われて却下されそう。

だから家具や家電製品は私がそろえます。

最初に全部買うわけじゃなく、少しずつ買う予定だけど、“これは○○を買うためのお金”ってかんじで、自分で保管しておくつもりです。w

なんか可愛げないなぁ・・・。

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2008/04/24

祖父の想い

今回はちょっと重い話。think

前にも書きましたが、私は3姉妹の長女です。

しかも父は長男で、父の兄弟も娘しかいません。

なので、我が家はこのまま行くと絶えてしまいます。

いまどき、そんなこと考えるかぁ?と思う人もいるかもしれませんが、私は昔から祖父に言われ続けてきたことがあります。

お前がこの家に入っても良いと言う人と結婚し、この家を守っていってくれよ。

重いよ・・・おじいちゃん、重すぎます。

祖父がこう言う度、祖母と両親は「気にしなくていいから、自分の好きなように生きなさい」と言ってくれていました。

結婚を考える相手もいなかった頃は、笑って流していましたが・・・

90歳を越えた祖父は、数年前から耳がすっかり遠くなってしまい、ボケが始まってきました。

妹2人が会いに行った時は、会話はほとんど成り立たず。

しかしその1ヵ月後、私が1人で会いに行くと真っ先に「彼氏はいるのか?」という質問。

まだ両親から言うなと口止めされてるので、「いない」と答えたんですが、「うちに来てくれる人、おじいちゃんが死んじゃう前に、はよ見つけてもらわなあかんのになぁ」と言うのです。

祖母も「いつもボケてるくせに、今日はどしたんや」とビックリ。

ボケてもこのことだけは忘れてない・・・とさらにプレッシャー。

父は私が韓国に嫁に行くと言ったら、祖父がショックで倒れてしまうんじゃないか、それを心配して言うのをためらっています。

おっぱの親戚はみんな知ってるのに、私の親戚は誰一人知らないという状況が、なんだかスッキリしません。

祖父が元気な頃は「そんな古い考え、さっさと捨ててくれぇ」なんて考えてましたが、徐々に弱っていくのを見ると「おじいちゃんの期待に応えられなくて申し訳ない」という気持ちが出てきました。

やっぱりみんなに祝福してもらいたいので、おじいちゃんに理解してもらえるといいなぁと思います。

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2008/04/16

おっぱ VS 母親

我が家で母とおっぱと3人で話し合ったわけですが・・・

予想通り、バトルthunderが繰り広げられました。

お互いニコニコhappy01しながら、自分の希望を言ってもめてるannoyので、ある意味怖かったです。w

一応、私が通訳に入りながらの話し合いでしたが、ジェスチャーや表情で会話が成り立つことも。

もめたのは、私がいつ渡韓するかということ。

前にも書きましたが(→ここ)、おっぱ側は“できるだけ早く”、わたし側は“できるだけ遅く”が希望です。

おっぱは遠距離になる前、5~6月に呼びたいと言ってました。

しかし私の両親の希望で7~8月まで延ばしてもらい、もうそれ以上は無理だと言われてました。

おっぱはなぜか月の数え方だけは覚えたようで、2人はカレンダーを使いながら日本語で会話。

母がカレンダーをどんどん後ろのほうにめくったかと思えば、おっぱが「イイエイイエ」と前のほうに戻して行き、母は「だめだめ」と首を振りながらまためくり、その繰り返し。

子供か!と言おうかと思った。

「11月?12月?もっとあと?」

「シチガツ!」

「7月!?無理無理。」

「う~~~~~~ん・・・ハチ・・・」

「8月ね~・・・。考えてみるわ。」

そして話は式をいつ頃挙げるのかへ進みます。

父の仕事が忙しく、9月までは時間的余裕がないこと、寒い時期だとお年寄りが大変だということで、母は来年の春cherryblossomくらいを希望。

おっぱ側もアボニムが今年末に退職されるので、それまでには挙げたいということで、またバトル開始。

「3月?4月?」

「イイエイイエ。10ガツ、アタタカイデス」

「10月はだめ!」

「10ガツ」

「10月は姪っ子の結婚式があるから、親戚みんな忙しいと思うの。じゃあ11月なら・・・」

「11ガツ、サムイデス」

「うそ~!私、前に11月行った時、暖かかったよ」

(私に向かって韓国語で)今お母さん、俺が言ったこと嘘だって言ったやろ?」

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いつの間に、こんな言葉まで!

母も「前は全然通じなかったのにスゴイわ~。」とビックリ。

恐るべし、ウリオッパ・・・

さて、私の意見はどうなのかというと。

早くおっぱと暮らしたいなぁ~と思う日もあれば、もう少し親と暮らしたいなぁ~と思う日もあり、日によって変わります。

なので、この話し合いのときはノーコメント。

それに昔から結婚式への憧れというものがないので、挙げても挙げなくてもどっちでもいいんですけどね~。

記念にはなると思うんですが、こっぱずかしい。w

結局、おっぱが韓国で両親と話し合ってから決めるということになりましたが、みんなが納得する結論が出るといいなぁと思います。

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2008/04/11

あと数時間で・・・

ついに今夜、おっぱが日本に来ます。

日曜には帰国してしまうけど、2ヶ月ぶりの再会なのでワクワクheart02

さっきから仁川空港HPの出発フライトを見ながら、おっぱのフライトが早く“搭乗中”に変わることだけを祈ってます。(祈ってどうにかなるもんじゃないことは重々承知の上)

昨日のチャットで、「仕事がたまってて、ちゃんと早退できるかなぁ」と言っていたので、いまだに半信半疑。

ってか、飛行機が飛ぶかどうか以前に、そっちのほうが問題だったりして・・・。

見えないとこまで拭いたり、いつもより気合を入れて掃除したので、来てくれないと困る。w

おっぱは日本初めてだし、日本語も英語も全くできないので、顔を見るまで不安。

私のケガもこの日までに完治させたかったけど、まだ微妙に治ってないので、おもいっきし遊べないかも。

明日、どこに行くか全く計画立ててません。やばいやばい。coldsweats02

とりあえず今から関空まで迎えに行ってきます。

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2008/03/29

恐怖の설날

설날の前日(→ここ)のつづき。

たまに「当日より前日の準備のほうが大変」とおっしゃる方もいますが、そんなことは全くありませんでした。

当日の朝、ハルモニとコモ(アボニムの妹)一家が来てから、みんなで朝食を食べることになってました。

しかし待てど待てど来ない!!もうお腹ペコペコ。

11時頃にいらして、やっと朝食タイム~。

私の中では、朝昼兼用のつもりで暴食。(>のちに後悔)

そして片付けはあとまわしで、セベットン(お年玉)タイムdollar

ハルモニへのご挨拶、コモ夫婦へのご挨拶、プモニムへのご挨拶、と順番にチョル(お辞儀)をして、セベットンをいただきました。

アボニムから「これからきちんと両親と話し合いなさい。家は用意してあげるから、いつでも来なさい。」というお言葉をいただき、「うち、ほんまに結婚するのかも」という気が(それでも“かも”って・・・sweat01)。

セベットンタイム終了後、朝食の片付け。

終わった瞬間、ピンポーンと親戚のご家族が1組。

お腹がすいたとおっしゃるので、12時半に昼食タイム。

さっき食べたばっかりやん!食べられへんわ!と思いつつ、がんばって詰め込みました。

そして片付け終わって一息ついた2時頃、またピンポーン

その一家のために、昼食の準備。

さすがに一緒に食べずに済んだけど、もうちょっと早く来てくれれば、二度手間にならなかったのに・・・。

そしてまた片付け終わって、あとは夕食まで休もうと思ってた矢先、ピンポーン

すると食事の準備を始めるオモニムたち。

え?3時半なんですけど・・・。まさか・・・。

はい、その一家の昼食タ~イム。

というわけで、食べ終わったらまた片付け。

そして皆さん、夕食を食べたあと、ご帰宅されました。

あ~、疲れた。

しかし実は私、大したことはしておりません。

オモニムもオンニたちも「今はまだお客さんなんだし、座ってていいよ。」と言ってくださったのですが、さすがに「じゃあ、座っときます」なんて言えないので、動いてるフリ。

要領が分からないので、「どうしよう。何やればええんやろ。」とフラフラしてただけ。

そう、体力的にではなく、精神的に疲れたのです。

설날、추석(秋夕)、제사(法事)、少なくとも1年に3回はこういうことがあるのか・・・。gawk

こうなることは予想できてたけど、なんか現実を見てしまったかんじで、すでに結婚への恐怖心が(笑)。

友達は「結婚後に大変さを知るより、覚悟できたからいいんじゃない?」って言ってたけど・・・。

“설날という1年で1番大きい行事に参加してしまったからやんな?”

“まだディープな韓国文化に対する知識がないからやんな?”

“自分たちの家で別々に生活すれば、また違うやんな?”

とボジティブに考えるように努力中。

遊んでる男性陣の中で唯一、おっぱだけはよく動いてたし(親戚の中でもマンネだから)、肩もんでくれたし、チムジルバンも連れていってくれたし・・・と前向きに考える要素もたくさんあるんですけどね。coldsweats01

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2008/03/28

설날の前日

おっぱの家での食事(→ここ)のつづき。

ついに설날(旧暦の正月)前日。

この日から普通の会社はお休みなので、アジュボニム(おっぱのお兄さん)一家が実家に来ました。

でも夕方までは、オモニムが出かけてたので、みんなでぼ~っとtvを見ていました。

おっぱの家はあまり盛大にやらないらしく、とりあえずジョンを作ることになったんですが、オンニたち(アジュボニムの奥さん&おっぱのお姉さん)は慣れた手つきで準備開始。

「見てていいよ」と言ってくれたけど、ぼ~っとしてるのも落ち着かないので、「手伝います」と言ってみた。(>料理できないくせに)

しかし「○○取って~」と言われても、知ってる物と知らない物があって、「これですかね?あ、違いました?coldsweats02」ってなかんじで、めっちゃ足手まとい。

appleの皮むきもオンニたちはささっとむいてるのに、私はナイフを入れる度に皮がブチッブチッと切れ、自分の不器用さを恨みました。

オンニたちから「手、気をつけて!」と何度も言われました。(>見てるほうが怖いらしい)

これでも中国にいた頃は、毎日ちゃんと料理してたんですが、皮むきが全く上達しないんですよね・・・。

しかもオモニムのしゃべり方が、訛りがきつい&声が低い&語尾がふにゃふにゃっと消えるので、聞き取りにくい!!

独り言なのか話しかけられてるのか、分かりづらい。

さらに全羅道の人は、ぶっきらぼうな言い方をされるので、ビクッとしてしまいます。w

よりによって、オモニムの言葉が1番難しいなんて・・・。

とりあえず台所で使う言葉をちゃんと勉強しよっと。

作り始めたらけっこう楽しかったけど、床に座りっぱなしだったので、腰が痛かった。impact

その間にオモニムはいろんな物を作ってらしたけど、ジョン作りに夢中だったので、他の料理の作り方は学べず。w

夕方から準備し始めたので、終わったのは11時くらいでした。ふぅ。

さあ、次はいよいよ恐怖の설날です。

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2008/03/26

おっぱの家での食事

おっぱのご両親と初対面(→ここ)のつづき。

ちょうど私が韓国に行ったのが설날(旧暦の元旦)の直前だったので、설날を過ごしてから日本に帰ることになりました。

留学してた頃、설날の日に友人宅を訪れたことがあり、親戚がたくさん集まったり、準備が大変なことも知っていたので、その前に帰りたかったのですが・・・。

おっぱはその時期なら仕事が休みやから一緒にいれるし、親戚にも紹介したいと言い、結局その押しに負けてしまったのです。

滞在期間11日間のうち、5日間はおっぱが仕事でいなかったので、しんどかった・・・。

朝食をご両親とおっぱのお姉さんと4人で食べるのですが、ご飯の量が多すぎる!

普段、小さいパン1つしか食べない私が、朝からお米を食べることはかなりの試練でした。

少しならともかく、茶碗から大幅にはみだしてるし。

韓国ではおもてなしをする際、足りないよりも残してくれるほうがいいという文化があるとはいえ、最近は食堂などでも無駄をなくそうとおかずの量を減らしてるとこもあるし、やはり残すのは申し訳ないので全部食べました。

初日だけならともかく、その後も「ご飯ちょっとだけでいいですcoldsweats01と言っても「朝はたくさん食べないと力つかんよ」と山盛りにされ、「自分で盛りますcoldsweats01と言っても「いいから、いいから」と言われるし、毎日がんばって胃に詰め込みました。

おっぱが隣にいる時は、こそっと私のお茶碗からご飯を取って食べてくれてたのですが、いない時は自力で乗り切るしかありません。

しかも「辛いものももっと食べるようにしなあかん」とキムチをすすめられ(フツーに食べてるのに)、普段の2~3倍は食べなければいけなかったので、食事の時間が来るのが恐ろしかった。w

元々食べるスピードも遅いので、みんなが席を立っても一人で必死にモグモグ。

オモニムは「ゆっくり食べ」って言うてくださるけど、日本人からも遅いと言われるほどなので、韓国人から見たらイライラするスピードだろうなぁと思います。

韓国に着いた日の翌日、昼ごはんを家で食べてすぐ、オモニムと2人で徒歩15分ほどの距離にある、ハルモニ(アボニムのお母さん)宅へ行きました。

するとハルモニはお食事がまだとのこと。

そして私に「さあ、一緒に食べよう」とおっしゃるではありませんか。

お腹がはち切れそうだった私は「さっき食べたばっかりなんです~」と言いましたが、「一人で食べても美味しくないし、一緒に食べて」と言われ、結局食べることに。

食べ終わったと思ったら、おもちだの果物だのお菓子だの、家中にある食べ物を出され、「お腹がいっぱいで」と言っても「そんな痩せ細ってるんだから、もっと食べなあかんよ」と言われるし(ちなみに私は日本で痩せてると言われたことはありませんw)、途中からはもうヤケクソ。

・・・吐くかと思いました。wobbly

可愛がってくだるのは嬉しいけど、たまに「押しつけないでくれ~」と思うこともあり、またそんなふうに感じる自分がイヤになったりして、なんか疲れました。

慣れれば平気になりそうですが、2泊3日が限界かな。w

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2008/03/20

おっぱのご両親と初対面

おっぱが上海で私の両親と会ったことは書きましたが・・・。→ここ

今度は私の番です。

上海で秋学期が終わった2008年1月、帰国することを決めた私がふと「韓国経由で帰ろっかなぁ。」と口走ってしまったところから始まりました。

軽く言ったこの言葉を真に受けたおっぱが、次の日にはもう両親に「しゅしゅが挨拶に来る」と告げてしまい、行かないわけには行かなくなってしまったのです。

しかも当初はホテルに滞在するつもりだったのに、3日前くらいになって「やっぱり俺の家に泊まるほうがいい」とか言い出すから、小心者の私は直前で大パニックに。wobbly

初めて会うのに、10日間もお世話になる上、おっぱは平日は仕事でいないし、友達にも会いに行きにくくなるし(元々ソウルで会う約束をしてた)、どうすればいいんだ・・・。

帰国準備でバタバタしてたので、考える暇もなかったけど(笑)。

そしていよいよ韓国へ。

空港までおっぱが迎えに来てくれたんですが、carの中ではゆったり会話できる精神状態ではなく、あまりの緊張から、一人でブツブツ挨拶の練習したり、鏡見て髪型チェックしたり、横でおっぱがあきれた顔で見てたことも気付かず。

そしてついに家に到着。

おっぱのご両親、お兄さん夫婦と1歳になる甥っ子、お姉さん(未婚)が迎えてくださいました。

いろいろ聞かれて答えたけど、全く記憶がありません。

おっぱにも「そわそわしすぎ」と言われました。

よい方たちで安心したのですが、かなり強いサトゥリ(方言)を聞いた瞬間、10日間大丈夫だろうか・・・と不安を覚えたのでした。

おっぱのご両親が全羅道の出身ということは知ってましたが、おっぱはソウルマル(標準語)使うし、第一おっぱが「うちの家族はサトゥリないから安心して。」って言ってたのに!!このウソツキがぁ!!pout

というわけで、つづきはまた。

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2008/02/26

帰国した理由<わたし編>

帰国した理由<おっぱ編>のつづき。

私は上海に行く前の計画では、1~2年くらい中国語を勉強し、その後は中国・韓国・日本のどこかで働くつもりでした。

最初の学期はクラスのメンバーにも恵まれ、とても楽しい日々を送りました。note

おっぱとめぐり合えたことも大きかったと思いますが、中国語がどんどん進歩していったり、一人で自由に街を動けるようになったり、毎日が充実していました。

おっぱが5年以上いる予定だと言っていたので、私もこのまま中国で就職することを目標にしようと思い始めたのですが・・・

2007年9月、次の学期が始まり、状況に変化が。

クラスの中でゴタゴタがあったり、財布をスられかけたり、タクシーの運転手にイヤなことを言われたり、とにかく悪いことが続きました。sweat02

それでも中国語の勉強は好きだったので、がんばっていました。

しかし、日本で普通に働いていた私にとって、収入のない生活というのは、かなりの苦痛でした。

なので、勉強は今学期までにして、中国か日本で働こうと決めていました。

知り合いが「うちで働いてみない?」と言ってくださっていたこともあり、中国に残って働くほうに決めかけた頃、おっぱが突然帰国することになってしまい、またイチから考え直し。

↓以下が出された案でした。(順位はそれぞれが望んだ順。)

◆中国で働く [おっぱ=3位(中国で働くのはしんどいということで大反対。)私=1位(働きながらもう少し勉強したかった。)]

◆韓国で働く [おっぱ=1位(早めに来ればいいんじゃない?と安易に。)私=3位(まだお互いに結婚の準備ができてないのに、あせって行くのは良くない。)]

◆日本で働く [おっぱ&私=2位(妥協案。)]

私は今まで自分が1番やりたい道を選んできており、おっぱのせいにして後悔したくなかったので、やはり中国で働こうと決めたのですが、給料の問題でまた考え直し。

覚悟してたよりも給料が低く、中国で暮らすことはできるけど、それを韓国や日本に持っていったら、すぐに消えてしまう額だったからです。

結婚するための資金がほとんどなく(働いたお金は留学資金にしてしまったので)、早くお金を貯めたかったので、日本への帰国を決意。

もし結婚する予定がなければ、中国で働いていたかもしれませんが、今はこれが最善だったと思っています。

それに中国語も忘れないように勉強し続けるつもりです。

というわけで、皮肉にも“結婚”という大きな存在が、私たちを離れ離れにしてしまったのでした。weep

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2008/02/25

帰国した理由<おっぱ編>

おっぱは私と同じく、2007年3月末に中国にやってきました。(実は1日違いで入国していた。)

最初、おっぱは「やりたいことがあるから、中国に5年以上はいる予定。」と言っていました。

しかし夏に1学期が終わり、いろいろ考えている様子。

働いていた会社の状況があまり良くなかった、というのが1番の原因でした。

おっぱは知り合いから「うちの会社を手伝ってくれないか?」と呼ばれ、韓国で働いていた会社を辞めて上海に行ったのですが・・・

学校に行きながらというのと、仕事を学びたいということもあり、おっぱは最初は給料をもらわず働いていて、知り合いも3ヶ月後から給料をあげると言ってました。

結局、何ヶ月経っても給料はもらえませんでしたが、知り合いのために働き続けました。

先の見えない会社への不安、仕事と勉強の両立がうまくいかないこと、初めての海外生活で言葉の通じないもどかしさ、そういうことがストレスになっていったようです。

しかし、仕事を辞めてまで中国に来たという意地があり、葛藤していました。

11月初旬、私の両親と会ったことで、おっぱの決心が固まったような気がします。

11月末に突然、帰国すると言い出しました。

「中国は自分には合わないから、来月帰る。」と。

おっぱが以前、冗談で「このままじゃ、しゅしゅを養える日がいつになるやら。」と言ってたことを思い出し、私のことが帰国の大きな理由だと感じました。

私は結婚はずっと先でも良いと思っていたし、離れ離れになるのもつらかったので、必死で止めました。

でもおっぱの決心は固く、「しゅしゅのためじゃないって。もう我慢ができないから帰国するんだ。この話はもう終わり!」と言われてしまい、そのまま12月末に帰国してしまいました。

あとから共通の友人から「しょーが君は“今はしゅしゅのことを最優先に考えたい。”って言ってたよ。」と聞いたんですが、嬉しいなんて気持ちは全くなく、本当に悲しかったです。

きっと中国での生活が限界だったことも、私との結婚を考えたことも、両方とも本当の理由だったと思いますが・・・。

自分がおっぱの夢を終わらせてしまったのではないか、と思うことはありますが、もう何も聞かずに心の中に止めておくつもりです。

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2008/02/23

私の両親と初対面

2007年11月、突然やってきた初対面の日。

母が上海に遊びに来た時、「どんな人か見てみたい」と言い出したのがはじまりでした。

私はまだ早いような気もしたので、最初は断りましたが、ちらっと見たいだけだと押し切られ・・・

おっぱが快諾してくれたのは嬉しかったんですが、私は母(超天然ボケ)が変なことを言い出したりしないか、不安でいっぱいでした。coldsweats01

我が家の近くのカフェで、母とおっぱと私の3人で会ったんですが、初めて見るおっぱのスーツ姿にドキッ。

私の不安は的中で、母はおっぱに質問しまくりでした。

もちろん2人だけでは会話が成り立たず、私がずっと通訳していたんですが、話の主役が自分なので、自分で自分のことを話しているのが、なんともこっ恥ずかしかったです(笑)。

でもおっぱが、結婚のことを真剣に考えていることが伝わってきて、とても嬉しかったです。

本来はお茶してすぐ帰る予定だったのに、突然おっぱが「夕食をごちそうします」と言い出し、父親も含め4人で食事することに。

元々その日は外食する予定だったので、父は仕事を終え、何も知らずに待ち合わせ場所へ。

父は「おぉう、びっくりした」と突然の出来事に戸惑いながらも、「妻が会いたいって申し出たんだから、今日はこちらがごちそうします。」とおっぱに言ってくれました。

有名な香港レストランで夕食をしながら、いろいろなお話を。

私は両方の話を通訳するのに必死で、ほとんど食べる間もなし。

すると

おっぱ:どうして全然食べてないんだ?

両親:ほんとだ。今日はいつもより全然食べてないね。

私:さっきのカフェでケーキ食べ過ぎたっぽい。coldsweats01(心の声:あんたらのせいや!!pout

両親&おっぱ:そっかそっか。しょうがないね。ほんとケーキに目がないんだから。

まったく・・・めでたい人たちです。gawk

そんなこんなで私はぐったりでしたが、両親は誠実そうな彼に好感を持ち、おっぱも両親と楽しく話せたのが嬉しい様子でした。

いつか両親とおっぱが、直接話す姿を見てみたいなぁ、と思ってしまいましたが・・・

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2008/02/22

プロポーズ

プロポーズの言葉は、え~と・・・・・

ありません。shock

私は恋愛経験が豊富なほうではないのと、年齢的なこともあって、付き合ってしばらくして、結婚を意識し始めました。

でも実際、現実的に考えたことはありませんでした。

しかし、チャット中に何かの会話から出たおっぱの衝撃的な言葉。

「우리 결혼하자고 약속했잖아happy01 (俺たち、結婚しようって約束したじゃんhappy01)」

sign01sign01sign01sign01sign01

いつsign02 いつsign02 私、約束したっけかsign02

と私の頭の中がグルグルしている間に、おっぱは全然違う話をしておりました。

そして今では、このチャットがいつだったかすら覚えておりません。coldsweats02

付き合い始めて2ヶ月くらいだったような・・・

でも“約束した”という日は、全く謎のままです。

冗談っぽくそんな話をしたことは何度かあったけど、どの時だろうsweat01

おっぱに聞こうと思ったけど、申し訳なくて聞けないので、結婚してから聞こうと思っています(笑)。

プロポーズってもっとちゃんとされるものだと思っていたのに・・・。

このまま結婚するのかなぁと思うとちょっと淋しかったりもしますが、私たちらしいのかも。coldsweats01

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