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2008年2月の7件の記事

2008/02/26

帰国した理由<わたし編>

帰国した理由<おっぱ編>のつづき。

私は上海に行く前の計画では、1~2年くらい中国語を勉強し、その後は中国・韓国・日本のどこかで働くつもりでした。

最初の学期はクラスのメンバーにも恵まれ、とても楽しい日々を送りました。note

おっぱとめぐり合えたことも大きかったと思いますが、中国語がどんどん進歩していったり、一人で自由に街を動けるようになったり、毎日が充実していました。

おっぱが5年以上いる予定だと言っていたので、私もこのまま中国で就職することを目標にしようと思い始めたのですが・・・

2007年9月、次の学期が始まり、状況に変化が。

クラスの中でゴタゴタがあったり、財布をスられかけたり、タクシーの運転手にイヤなことを言われたり、とにかく悪いことが続きました。sweat02

それでも中国語の勉強は好きだったので、がんばっていました。

しかし、日本で普通に働いていた私にとって、収入のない生活というのは、かなりの苦痛でした。

なので、勉強は今学期までにして、中国か日本で働こうと決めていました。

知り合いが「うちで働いてみない?」と言ってくださっていたこともあり、中国に残って働くほうに決めかけた頃、おっぱが突然帰国することになってしまい、またイチから考え直し。

↓以下が出された案でした。(順位はそれぞれが望んだ順。)

◆中国で働く [おっぱ=3位(中国で働くのはしんどいということで大反対。)私=1位(働きながらもう少し勉強したかった。)]

◆韓国で働く [おっぱ=1位(早めに来ればいいんじゃない?と安易に。)私=3位(まだお互いに結婚の準備ができてないのに、あせって行くのは良くない。)]

◆日本で働く [おっぱ&私=2位(妥協案。)]

私は今まで自分が1番やりたい道を選んできており、おっぱのせいにして後悔したくなかったので、やはり中国で働こうと決めたのですが、給料の問題でまた考え直し。

覚悟してたよりも給料が低く、中国で暮らすことはできるけど、それを韓国や日本に持っていったら、すぐに消えてしまう額だったからです。

結婚するための資金がほとんどなく(働いたお金は留学資金にしてしまったので)、早くお金を貯めたかったので、日本への帰国を決意。

もし結婚する予定がなければ、中国で働いていたかもしれませんが、今はこれが最善だったと思っています。

それに中国語も忘れないように勉強し続けるつもりです。

というわけで、皮肉にも“結婚”という大きな存在が、私たちを離れ離れにしてしまったのでした。weep

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2008/02/25

帰国した理由<おっぱ編>

おっぱは私と同じく、2007年3月末に中国にやってきました。(実は1日違いで入国していた。)

最初、おっぱは「やりたいことがあるから、中国に5年以上はいる予定。」と言っていました。

しかし夏に1学期が終わり、いろいろ考えている様子。

働いていた会社の状況があまり良くなかった、というのが1番の原因でした。

おっぱは知り合いから「うちの会社を手伝ってくれないか?」と呼ばれ、韓国で働いていた会社を辞めて上海に行ったのですが・・・

学校に行きながらというのと、仕事を学びたいということもあり、おっぱは最初は給料をもらわず働いていて、知り合いも3ヶ月後から給料をあげると言ってました。

結局、何ヶ月経っても給料はもらえませんでしたが、知り合いのために働き続けました。

先の見えない会社への不安、仕事と勉強の両立がうまくいかないこと、初めての海外生活で言葉の通じないもどかしさ、そういうことがストレスになっていったようです。

しかし、仕事を辞めてまで中国に来たという意地があり、葛藤していました。

11月初旬、私の両親と会ったことで、おっぱの決心が固まったような気がします。

11月末に突然、帰国すると言い出しました。

「中国は自分には合わないから、来月帰る。」と。

おっぱが以前、冗談で「このままじゃ、しゅしゅを養える日がいつになるやら。」と言ってたことを思い出し、私のことが帰国の大きな理由だと感じました。

私は結婚はずっと先でも良いと思っていたし、離れ離れになるのもつらかったので、必死で止めました。

でもおっぱの決心は固く、「しゅしゅのためじゃないって。もう我慢ができないから帰国するんだ。この話はもう終わり!」と言われてしまい、そのまま12月末に帰国してしまいました。

あとから共通の友人から「しょーが君は“今はしゅしゅのことを最優先に考えたい。”って言ってたよ。」と聞いたんですが、嬉しいなんて気持ちは全くなく、本当に悲しかったです。

きっと中国での生活が限界だったことも、私との結婚を考えたことも、両方とも本当の理由だったと思いますが・・・。

自分がおっぱの夢を終わらせてしまったのではないか、と思うことはありますが、もう何も聞かずに心の中に止めておくつもりです。

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2008/02/23

私の両親と初対面

2007年11月、突然やってきた初対面の日。

母が上海に遊びに来た時、「どんな人か見てみたい」と言い出したのがはじまりでした。

私はまだ早いような気もしたので、最初は断りましたが、ちらっと見たいだけだと押し切られ・・・

おっぱが快諾してくれたのは嬉しかったんですが、私は母(超天然ボケ)が変なことを言い出したりしないか、不安でいっぱいでした。coldsweats01

我が家の近くのカフェで、母とおっぱと私の3人で会ったんですが、初めて見るおっぱのスーツ姿にドキッ。

私の不安は的中で、母はおっぱに質問しまくりでした。

もちろん2人だけでは会話が成り立たず、私がずっと通訳していたんですが、話の主役が自分なので、自分で自分のことを話しているのが、なんともこっ恥ずかしかったです(笑)。

でもおっぱが、結婚のことを真剣に考えていることが伝わってきて、とても嬉しかったです。

本来はお茶してすぐ帰る予定だったのに、突然おっぱが「夕食をごちそうします」と言い出し、父親も含め4人で食事することに。

元々その日は外食する予定だったので、父は仕事を終え、何も知らずに待ち合わせ場所へ。

父は「おぉう、びっくりした」と突然の出来事に戸惑いながらも、「妻が会いたいって申し出たんだから、今日はこちらがごちそうします。」とおっぱに言ってくれました。

有名な香港レストランで夕食をしながら、いろいろなお話を。

私は両方の話を通訳するのに必死で、ほとんど食べる間もなし。

すると

おっぱ:どうして全然食べてないんだ?

両親:ほんとだ。今日はいつもより全然食べてないね。

私:さっきのカフェでケーキ食べ過ぎたっぽい。coldsweats01(心の声:あんたらのせいや!!pout

両親&おっぱ:そっかそっか。しょうがないね。ほんとケーキに目がないんだから。

まったく・・・めでたい人たちです。gawk

そんなこんなで私はぐったりでしたが、両親は誠実そうな彼に好感を持ち、おっぱも両親と楽しく話せたのが嬉しい様子でした。

いつか両親とおっぱが、直接話す姿を見てみたいなぁ、と思ってしまいましたが・・・

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2008/02/22

プロポーズ

プロポーズの言葉は、え~と・・・・・

ありません。shock

私は恋愛経験が豊富なほうではないのと、年齢的なこともあって、付き合ってしばらくして、結婚を意識し始めました。

でも実際、現実的に考えたことはありませんでした。

しかし、チャット中に何かの会話から出たおっぱの衝撃的な言葉。

「우리 결혼하자고 약속했잖아happy01 (俺たち、結婚しようって約束したじゃんhappy01)」

sign01sign01sign01sign01sign01

いつsign02 いつsign02 私、約束したっけかsign02

と私の頭の中がグルグルしている間に、おっぱは全然違う話をしておりました。

そして今では、このチャットがいつだったかすら覚えておりません。coldsweats02

付き合い始めて2ヶ月くらいだったような・・・

でも“約束した”という日は、全く謎のままです。

冗談っぽくそんな話をしたことは何度かあったけど、どの時だろうsweat01

おっぱに聞こうと思ったけど、申し訳なくて聞けないので、結婚してから聞こうと思っています(笑)。

プロポーズってもっとちゃんとされるものだと思っていたのに・・・。

このまま結婚するのかなぁと思うとちょっと淋しかったりもしますが、私たちらしいのかも。coldsweats01

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2008/02/21

上海にて

付き合い始めたものの、上海でデートをするのは大変でした。

年下の韓国人のクラスメイトからは“キャンパスカップル”とからかわれたりしましたが(年齢が年齢なもので・・・)、実際は校内でデートすることは全くなし。

というのも、おっぱは授業が終わったらすぐ仕事、日曜も仕事だったので、土曜の午後3時以降しか時間がなかったからなのです。

◆映画館⇒2人ともまだ中国語初心者、おっぱが英語力なしということで却下。

◆遊園地⇒楽しそうなとこがないので却下。

◆動物園⇒閉園の1時間前しか入園できないので却下。

◆デパート⇒貧乏学生であまりお金を使いたくなかったので却下。

◆観光地⇒2人とも既に行った場所が多かったので却下。

このように、最初は1番のネックが語学力だったので、行ける場所が限られていました。

しかも上海は大変広いので、私の家からおっぱの家までバスで1時間半もかかり、さらにお互いに同居人がいたので、家でデートすることもできませんでした。

勉強するにつれてバスに乗れるようにもなり、行ける場所も増えましたが、中国は5時や6時で閉まってしまう場所も多く、結局は公園でぼーっとしてることも多かったです(笑)。

料理を注文するのに時間がかかったり、バスを乗り間違えて街をさまよったり、苦労しました・・・。

そして上海の夏は湿気がすごく、一歩出たらシャツが汗でびっしょりになるほどだったので、デートの回数も減りまくりました。(お互いめんどくさがり)

わざわざデートしなくても毎日学校で会ってる時が1番楽しかったかも。(おっぱには内緒ですが^^;)

またいつか、上海デートができたらいいなぁと思います。

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2008/02/20

出会い

おっぱとは2007年4月、上海市内の某大学で知り合いました。

正直、第一印象は記憶に残ってません。^^;

単に「あの人、髪型イケてないなぁ。」と思ったことだけ覚えてます。(おっぱいわく、中国に来る直前に軽くパーマをあてたせいらしい。)

私のクラスはみんな中国語初心者で、半分以上が韓国人でしたが、中国語の勉強のために良くないと思い、韓国語ができることを言わないつもりでいました。

しかしほとんど「你好(ニーハオ)」しか知らない生徒が、コミュニケーションをとるには限界が。

さらに普段から漢字を使う日本人と、使う機会の少ない韓国人では、中国語を理解するスピードが全然違う。

そこでやむを得ず韓国語を使い始めたのが始まりで、韓国人の友達と仲良くなりました。

最初の2週間くらいは、おっぱと席が離れていたので、話す機会はあまりありませんでした。

でも誰かが急に席替えをしようと言い出し、おっぱに誘われて隣に座ることに。(付き合い始めてから聞いた話ですが、おっぱはその時は何の感情もなく誘ったらしい。単に私が勉強してそうだったからだと・・・。私だってあの時はおっぱのこと何とも思ってなかったけど、なんかガッカリ。)

おっぱは午前中は学校、午後は仕事。時々仕事のせいで学校に来れないことも。

一方私はヒマ人な上、皆勤賞が目標(←奨学金狙い)だったので、学校では隣で手助けをし、夜はチャットをするのが日課になり・・・。

そして5月末、おっぱから告白され、交際スタート。

最初はこんなかんじで付き合うことになりました。

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はじめまして

처음 뵙겠습니다. しゅしゅと申します。

ブログ初心者なので、日記を書くまでに数日かかりました。(とほほ)

めんどくさがりなので、挫折するかも・・・などイヤな予感はありますが、とりあえず今は書きたいことが山ほどあるので、どんどん書くつもりです!

本格的に韓国語を始めて早5年。

独学で(ゆ~っくりゆ~っくり)2年勉強してから、ソウルにある某大学の語学堂を卒業しました。

留学を終えてソウルから帰国する際、また住みたいけど多分住むことはないだろうなぁと思っていたのに、また住むことになる可能性が。

去年、上海にて某大学の語学堂で知り合ったおっぱ(しょーが君)と付き合うことに。

現在は遠距離恋愛中ですが、近い将来、結婚する予定です。

しかし今まで結婚というのが想像の世界だったので、まだ現実的に考えられない自分がいたり。

少しずつ話が進む中、いろんなとまどいや発見があるので、そんな出来事をつづっていきたいと思います。

まだまだ未熟者ですが、よろしくお願いします。

詳しくはプロフィールをご覧くださいね!

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